藻類における和名の提唱と使用に関するガイドライン案について

PDF 版(和文誌「藻類」掲載)
「藻類における和名の提唱と使用のガイドライン」案
ご意見募集

 一般向け書籍や教科書,講演など教育普及の,あるいは水産業をはじめとする産業や国から地方自治体にいたる行政などの現場では,しばしば和名が使用される。藻類の和名は図鑑(吉田 1998,岩国市立ミクロ生物館 2011 など)や定期的に出版されている日本産海藻目録(吉田ら 2015 など)などで整理されているが,微細藻類の和名整理は大型藻類に比べて進んでおらず,また近年は英文論文,藻類学以外の和文学術誌やプレスリリースなどで新しい和名や呼称が公表され,発表された和名の追跡がより難しくなりつつある(藻類の和名の現状については,「海洋と生物」の 2017 年 6 月号に特集が掲載された;半田 2017,北山 2017a,2017b,真山 2017,仲田 2017,新山 2017,坂山 2017)。

 そんな中,2015 年の日本藻類学会第 39 回大会(福岡)でワークショップ「藻類の和名について考える」が開催された。このワークショップでは藻類に和名をつけることの意義や和名にまつわる課題などが紹介され,今後に向けて和名提唱の場を提供すること,和名公表のガイドラインを作成すること,などが提案された(鈴木 2015)。翌年の第 40 回大会(東京)に伴う評議員会・総会において「藻類和名ワーキンググループ」の設立が承認され,ガイドラインの準備や,今後の和名整理に向けた枠組みについて主に電子メールを通じた議論が進められてきた。

 藻類には和名提案の慣習が異なる分類群が複数存在するため,藻類和名ワーキンググループには世話人の仲田崇志(慶應義塾大学)および河地正伸(国立環境研究所)に加え,各分類群の専門家として岩滝光儀(東京大学),加藤亜記(広島大学),川井浩史(神戸大学),北山太樹(国立科学博物館),坂山英俊(神戸大学),末友靖隆(岩国市ミクロ生物館),鈴木雅大(神戸大学),中山剛(筑波大学),半田信司(広島県環境保健協会),真山茂樹(東京学芸大学),宮下英明(京都大学),吉田忠生(福岡県)の 12 名が参加した。

 ワーキンググループでは,以下の事柄を提案することについて 2017 年 9 月までに概ね合意が得られた:

  • 日本藻類学会として和名提案のためのガイドラインを作成する。
  • 資料 1「藻類における和名の提唱と使用のガイドライン」をワーキンググループ案とする(なお,本稿の投稿に併せて表現上の修正や一部実例の差し替えを行った)。
  • 日本藻類学会として和名委員会を設立する。
  • 和名委員会が新しい和名の提案を取りまとめて和文誌「藻類」に公表する。和文誌「藻類」以外で公表された新しい和名についても,委員会で取りまとめて和文誌「藻類」で紹介する。

 その後,2018 年の日本藻類学会第 42 回大会(仙台)に伴う評議員会の場で今後の進め方について議論された。その結果,上記の案について和文誌「藻類」および学会ウェブページ上で公表し,広く学会員の意見を募ることが決まった。意見の募集(連絡先は後掲)にあたって,本稿ではガイドラインのワーキンググループ案および和名委員会の役割に関する案を紹介・解説する。

藻類における和名の提唱と使用のガイドライン案の概要

 ガイドライン案の素案は日本魚類学会のために提案された「標準和名提唱・変更に関してのガイドライン(案)」(瀬能 2002)や国際藻類・菌類・植物命名規約(日本植物分類学会国際命名規約邦訳委員会 2014)などを参考に準備され,ワーキンググループのメンバーで回覧して意見を募った。次いで世話人がメンバーから寄せられた意見を取りまとめ,得られた意見についてメンバー間で賛否の投票を行った。投票結果に基づいて修正されたガイドライン案についてさらに表現上の修正や実例を加え,資料 1 に示したガイドラインのワーキンググループ案とした。

 ガイドライン案は「1. ガイドラインの目的」,「2. 和名の範囲」,「3. 和名の表記」,「4. 和名の命名」,「5. 和名の公表」,「6. 和名の使用」から構成されている。ガイドラインの意図や対象となる和名については第 1 項と第 2 項に示した。第 3 項と第 6 項は,すでに存在する和名の表記法と運用方法を示した。第 4 項と第 5 項はいずれも新しい和名に関する項目で,第 4 項では主に和名の作成について,第 5 項では作成した和名の公表方法について提言している。詳しくはガイドライン案を参照していただくとして,ガイドライン案の作文意図やワーキンググループでの主な論点について,各項ごとに簡単に解説したい。

 ワーキンググループでは特に第 1 項(ガイドラインの目的)の表現を巡って議論が行われ,ガイドラインを通じて和名の提唱について強制・制限することや,和名の標準化を進めることを目指さないことが確認された。厳格な運用が求められる学名とは異なり,和名はより柔軟に用いられてきた背景がある。従ってガイドラインではこの柔軟性を尊重した上で,野放図な命名や使用による混乱を防ぐための注意点を示すことを目指した。例えば異物同名の命名や使用は読者の混乱や誤解をもたらすため,ガイドラインでは避けるべきものとされているが(第 4.3 項),同物異名についてはより柔軟な見解を示している(第 4.2 項)。

 同様に第 2 項(和名の範囲)では,便宜上本ガイドラインの対象となる呼称を「和名」と称してその他の呼称と区別している。ここでは一般的な「和名」の定義を試みているわけではなく,ガイドラインの適用範囲の線引きを意図している。例えば和名の存在しない藻類に日本語文章中で言及する際,学名のカタカナ表記を用いることは普通に行われる。しかしその際に「新称」と示す習慣はなく,必要性もない。また,先にカタカナ表記の用例があるからと言って通常の和名の命名が妨げられるべきでもない。商品名など通俗名は,そもそも学術的な文脈の外で名づけられるため,ガイドラインに沿うことを期待できない。複数の地方名の間で伝統的な用例の優先権を議論することも不毛であろう。一方でガイドラインを無視した命名や使用が学術上の混乱を招く恐れがある呼称については,第 2 項で和名とみなしたつもりである。なお,ガイドラインの文脈から離れて第 2 項の線引きを無理強いすることはワーキンググループの本意ではない。特定の呼称を和名と考えるか否かは,個別の著者や文脈に委ねられるべきだと考えている。

 第 3 項(和名の表記)については,しばしば意見の分かれる和名の仮名表記(ひらがな表記かカタカナ表記か)や仮名遣いについて,第 1 項の方針に沿って様々な慣習を広く認め(第 3.4 項),最低限の慣習について明文化した(第 3.2,3.3,3.5 項)。第 3.1 項と第 3.6 項については確立した慣習があるとは言い難いが,より曖昧性の少ない学術的な記述を推奨する意図であえて加えたものである。

 和名の命名については命名者の自由が尊重されるべきだが,最低限の良識と混乱を避けるための配慮は必要と考え,注意点を第 4 項(和名の命名)にまとめた。使用しにくい和名を命名することも可能ではあるが,結局使用されなくなる,あるいは別の和名に取って代わられることも多く,一定の配慮をすることは命名者にとっても有益であろう。和名の改称は時に必要であるが,過ぎれば混乱の原因となる。その線引きは画一的にできるものではなく,ガイドラインでは混乱の助長が予想される場合を特に取り上げている(第 4.2,4.4,4.5 項)。

 新称や改称は,周知され恒久的に記録が残されることが期待される。そのためには適切な媒体において適切な形で公表される必要があると考えられるため,第 5 項(和名の公表)に具体的な提言をまとめた。なお和名の公表場所についてはガイドラインとは別に次節で提案がある。

 第 6 項(和名の使用)では,すでに公表された和名の取捨選択について慣習を整理した。取捨選択が必要な場合としては,学名や同定の変更が行われた場合や,一つの分類群に対して競合する複数の和名が存在する場合が想定されている。ただし学名とは異なり和名にはタイプが存在しないため,和名の指す対象が厳密には特定できない場合も存在する。従って先取権や原則論に基づいて使用すべき和名を機械的に決めようとすることはかえって混乱を招きかねず,第 6.2 項では特に慣習(確立した用法)の尊重を強調した。

日本藻類学会和名委員会の設置と,和文誌「藻類」における和名公表の仕組み作り

 和名の公表は新種の記載や新産地や藻類相の報告,図鑑の出版などで何らかの研究成果の発表と共に行われることが多い。しかしながら研究成果の発表が英文論文のみで行われた場合(特に記載論文以外では),同時に和名を公表することは難しい。プレスリリースなどで和名を公表することもできるが,恒久的に記録されないおそれもある(ガイドライン第 5.1 項)。和文誌「藻類」に和名の提案を投稿することも可能ではあるが,単独または少数の和名の公表だけを目的とした論文を投稿することもためらわれるだろう。

 そこでワーキンググループでは,和文誌「藻類」上に新しい和名の公表と他誌で公表された和名の紹介を行う場が必要であると考えた。具体的には学会の中に「和名委員会(仮称)」を設立し,和名の公表を仲介することを提案したい。委員会は新しい和名の提案(主に,論文中などで新和名の公表をしなかった,またはできなかったものを想定)や和文誌「藻類」以外で公表された新和名の報告を受け付ける。そして委員会で整理した上で和文誌「藻類」に一覧として公表する方法を考えている。

 委員会の設立が認められた場合,新和名の窓口だけなく以下のような役割も考えられる:

  • 和名を巡る問題について意見を求められた場合,経緯を整理して見解を発表する。
  • 和文誌以外で過去に発表された和名を整理し,和文誌上やデータベースにまとめる。
  • ガイドラインの改訂を行う。

 ただし見解などを示す際に,どこまで踏み込むべきか,例えば競合する和名の取捨選択について先取権の確認や慣例の整理にとどめるのか,特定の和名の使用を勧めるのか,ワーキンググループ内でも意見が分かれている。これらの役割については学会員の意見なども踏まえて委員会の設立時に改めて煮詰める必要があるだろう。

ガイドライン案および委員会の設置に関する意見募集

 ワーキンググループとしては,先述したように学会員の理解を得た上でガイドラインと委員会の設置を実現したい。そこで本稿を読んでガイドライン案や委員会の設置・役割についてご意見をお持ちの方は,ワーキンググループまでお寄せいただきたい。和名に関する議論は将来にわたって継続されるべきものではあるが,2019 年 3 月の総会までにガイドライン案と委員会の設置・役割を固めるため,2018 年 9 月 28 日までを当面の期日としたい。期日までに受け取った意見とそれに対するワーキンググループの見解については,学会ウェブページまたは和文誌「藻類」上で発表したいと考えている。期日以降に受け取った意見については発表には含められないが,ワーキンググループで記録し今後の参考としたい。

 ご意見の送付は,ワーキンググループのメールフォームからお願いしたい(https://goo.gl/forms/3CuwV6G3C9pUOxR33)。各メンバー宛に直接寄せられたご意見については,必ずしもワーキンググループとして回答できない可能性がある。また受け取った意見を公表する際には,全ての意見を匿名で扱い,文面を編集・要約する可能性があることをあらかじめお断りしておく。

資料 1:藻類和名ワーキンググループによる,「藻類における和名の提唱と使用のガイドライン」案
  • 1. ガイドラインの目的
  • 1.1. 本ガイドラインは,藻類分野における和名の提唱・命名および使用に関する方法を提案し,藻類の和名の整理と使用を促進することを目的とする。
  • 1.2. 本ガイドラインを文字通りに適用することでかえって混乱が起きると思われる場合には,無理な適用を推奨するものではない。
  • 例 1. 羽状珪藻類を目の階級で示す場合には,ガイドライン第 3.2 項にかかわらず,「ウジョウ目」ではなく,慣例に沿って羽状目と表記することが望ましい。
  • 1.3. 本ガイドラインは,全ての藻類分類群または学名に対して和名を提唱することを推奨するものではない。
  • 1.4. 本ガイドラインは和名の統一・標準化を目的とせず,従って本ガイドラインにおいて「標準和名」の呼称は用いない。しかしながら図鑑・目録などで整理された和名を「標準和名」と称することを妨げるものではない。
  • 2. 和名の範囲
  • 2.1. 本ガイドラインでは,分類群または学名に与えられる学術的な日本語名を和名と呼ぶ。
  • 注 1. 多くの和名は分類群(分類学的実体)を指すために使用され,同じ生物群を指す限り,学名の適用にかかわらず同じ和名が用いられることが多い。一方で学名の訳語として使用される和名もあり,種同定が変更された場合には和名が変わることもありうる。和名の適用に際しては,使用する和名が分類群に対応しているのか,学名のタイプに対応しているのか,考慮する必要があるだろう。
  • 例 2. ヒロハノカクレイトと呼ばれる日本産藻類はブラジルをタイプ産地とする Cryptonemia luxurians (C. Agardh) J. Agardh と同定されていたが,後に新種 C. asiatica M.Y. Yang et M.S. Kim に再分類された。分類学的な見解にかかわらず,この日本産藻類は引き続きヒロハノカクレイトの和名で呼ばれる。
  • 例 3. Haematococcus lacustris (Girod-Chantrans) Rostafińsky(= H. pluvialis Flotow)にはアカヒゲムシの和名があてられてきたが,Allewaert et al. (2015) は本種が少なくとも 3 種に分割されると主張している。いずれも形態的に酷似しており,アカヒゲムシの命名者が観察した種を特定することは不可能である。従ってアカヒゲムシの和名は H. lacustris のタイプを含む分類群に対して維持されるべきである。
  • 2.2. 本ガイドラインでは,和名は一名式命名法でつけられたものとみなす。
  • 例 4. ヤハズグサ属(Dictyopteris J.V. Lamouroux)の種に対しては,慣例的に「○○ヤハズ」の和名がつけられてきたが(エゾヤハズ,ヘラヤハズなど。ただしヤハズグサは除く),Spatoglossum Kützing に分類されていたコモングサ(S. pacificum Yendo)を Dictyopteris の一種とみなす場合(D. pacifica (Yendo) I.K. Hwang et al.)も,「コモンヤハズ」などとは改称されずコモングサの和名が維持される。
  • 2.3. 本ガイドラインでは,以下の呼称は和名とみなさない。(a) 分類群を特定できない通俗名;(b) 学名や英名の全体を書き換えた仮名表記;(c) 生活史の一部や藻体の部分に与えられた呼称;(d) 生物現象に対して与えられた呼称。
  • 注 2. 通俗名(地方名や商品名,愛称など)や学名や英名の全体を書き換えた仮名表記の使用を制限するものではない。
  • 例 5. 本ガイドラインで和名とみなされない呼称:様々な付着性藻類の総称としての「ノリ」,属の学名である「Chlorella」をカタカナ表記した「クロレラ」,種の学名である「Chlorella vulgaris」をカタカナ表記した「クロレラ・ブルガリス」,ワカメの胞子葉を指す「メカブ」,渦鞭毛藻類などの大量発生を指す「赤潮」など。ただし Valonia utricularis Roth に対するバロニアなどは学名の全体を書き換えたものではないため,和名とみなされ,本種に基づくバロニア属の呼称も和名とみなされる。なお個別の著者や文脈において,本ガイドラインで和名とみなさない呼称を和名として使用することは排除されない。
  • 2.4. 本ガイドラインでは,以下の呼称は和名とみなす。(a) 学名が特定されていない分類群に与えられた日本語名;(b) 英名や学名の意味を翻訳した漢字表記。
  • 例 6. ヒメミカヅキモは学名が特定されていない Closterium peracerosum-strigosum-littorale complex に対して使用されている和名である。
  • 例 7. 灰色藻綱は学名 Glaucophyceae の意味を翻訳した和名である。
  • 3. 和名の表記
  • 3.1. 和名は固有名詞として扱い,ローマ字表記は頭文字を大文字で綴ることが望ましい。
  • 注 3. 本ガイドラインでは,その項目に反した場合に何らかの問題が生じると推測されるものについては「べきである」または「べきではない」という表現を用いた。必ずしも問題が予見されないものについては「望ましい」という表現を用いた。
  • 例 8. 種の和名としてのヒジキを英文で表記する際には Hijiki(または Hiziki)と表記される。ただし複数個体のヒジキを指す場合には普通名詞化して hijikis となる(固有名詞は通常複数形にならない)。
  • 3.2. 目以下の分類群または学名に対して与えられた和名は仮名表記することが望ましい。
  • 例 9. 「昆布目」ではなく,コンブ目と表記することが望ましい。
  • 3.3. 目より上位の分類群または学名に与えられた和名は,仮名表記されるものも,漢字表記されるもの(主に特徴名)も,仮名表記と漢字表記を合わせたものもありうるが,通常漢字表記される和名を仮名表記することは避けるべきである。
  • 例 10. ラフィド藻綱は Raphidophyceae に対する和名の表記として適切であるが,「ケイ藻綱」でも「ケイソウ綱」でもなく,「珪藻綱」と表記することが望ましい。
  • 3.4. 仮名遣いや仮名表記の方法(ひらがな表記またはカタカナ表記)は,日本語表記や体裁上の問題であり,本ガイドラインでは取り扱わない。また,同一の分類群または学名を指す限り,仮名遣いや仮名表記の違いは別々の和名とはみなさない。
  • 例 11. Caulerpa brachypus Harvey f. brachypus を意図する「へらいはづた」,「へらいわづた」,「ヘライワヅタ」,「ヘライワズタ」などの表記は,同一の和名の仮名遣いや仮名表記の違いとみなされる。
  • 3.5. 種より上位の分類群または学名に与えられた和名は,直後に階級名を示すべきである。
  • 例 12. Pterocladiella Santelices et Hommersand の属全体を指す場合には「オバクサ」ではなく,オバクサ属と表記すべきである。
  • 3.6. 種より下位の分類群または学名に与えられた和名は,その階級が問題になる文脈では直前に階級名を示すべきである。
  • 例 13. アサクサノリ Pyropia tenera (Kjellman) N. Kikuchi et al. に含まれる変種としてオオバアサクサノリ P. tenera var. tamatsuensis (A. Miura) N. Kikuchi et al. に言及する文脈では,「アサクサノリにはオオバアサクサノリが含まれる」や「アサクサノリにはオオバアサクサノリ変種が含まれる」ではなく,「アサクサノリには変種オオバアサクサノリが含まれる」と表記するべきである。
  • 4. 和名の命名
  • 4.1. 和名を命名する際には,科学・教育・産業・法律・行政など公共の場で使用されることを十分に考慮し,これらの場で使用が自粛されるような和名を命名するべきではない。特に差別的な表現を含んだ名称とならないように十分に配慮するべきである。また,非常に長い和名や発音しづらい和名,既存の和名とよく似た紛らわしい和名など,不便や混乱を招く和名は避けるべきである。
  • 注 4. 日本魚類学会では,メクラ・オシ・バカ・テナシ・アシナシ・セムシ・イザリ・セッパリ・ミツクチ,の語を差別的語とみなしている。
  • 例 14. 北山 (2015) は「カタワ」を差別的用語とみなし,カタワベニヒバ Ptilota asplenioides (Esper) C. Agardh(≡ Neoptilota asplenioides (Esper) Kylin ex Scagel et al.)からカタバベニヒバへの改称を提案した。
  • 4.2. 同物異名の提唱(改称)は必要最小限にとどめるべきであり,改称が必要である事情を示すべきである。なお,分類学的位置の変更に伴う改称や,響きが悪い・気に入らないといった理由による改称は行うべきではない。
  • 4.3. 異物同名は提唱すべきでない。
  • 4.4. 藻類同士および藻類と混同されうる生物と藻類の間で異物同名が認められた場合,知名度の低い和名,または後から提唱された和名の改称を提案するべきである。
  • 例 15. キツネノオは Cladophoropsis vaucheriaeformis (Areschoug) Papenfuss(≡ Spongocladia vaucheriaeformis Areschoug)に対して命名され(岡村 1902,「きつねのを」),後に Myriogloea simplex (Segawa et K. Ohta) Inagaki(≡ Tinocladia simplex Segawa et K. Ohta)の和名として独立に命名された(瀬川・太田 1951,「キツネノヲ」)。吉田 (1998) は C. vaucheriaeformis に対してキツネノオの和名を維持し,M. simplex をフサモズクと改称した。
  • 4.5. 種より上位の和名に対してはタイプと同一の和名か,目より上位の場合には(通常は特徴を表した)漢字表記の和名を与えることが望ましい。種のタイプを含んだ承名分類群の場合を除き,種より下位の和名に対しては種の和名と同一の和名を与えるべきではない。
  • 注 5. 命名法上のタイプでない種に基づいて属の和名をつけた場合,その種が別属に移されたときに学名と和名の間に齟齬や混乱が生じることがある。
  • 例 16. Cladophoropsis Børgesen はかつてミドリゲ属と呼ばれたが,ミドリゲがシオグサ属(Cladophora Kützing)に移されたため,吉田ら (2015) はキツネノオ属と呼んでいる。しかし本属のタイプはキツネノオではないため,今後 Cladophoropsis に異なる和名があてられる可能性も残されている。
  • 4.6. 種以下の和名の語尾を属または種の和名と一致させて命名することができるが(二名法的命名),属や種の移動によって自動的に和名の語尾が変更されることはない。
  • 注 6. これは,第 2.2 項にあるように,和名は一名式命名法でつけられたものとみなされるためである。
  • 5. 和名の公表
  • 5.1. 新和名の提唱は,恒久的な利用を想定した学術的出版物(電子出版を含む)において行われるべきである。プレスリリースやウェブサイト・参加者のみに配布される学会要旨集などにおいて暫定的に使用された和名(仮称)は,適切な出版物において改めて発表されるべきである。
  • 注 7. 出版物の適切性については,国際藻類・菌類・植物命名規約の定める有効発表の条件に基づいて判断することができる。
  • 注 8. プレスリリースやウェブサイト・学会要旨集などにおいて新規の和名を使用する場合には,「仮称」と付記することを検討するべきである。
  • 注 9. プレスリリースやウェブサイト,学会要旨集などで使用された仮称は,日本藻類学会の和文誌「藻類」など他の出版物で改めて新和名として発表することができる。
  • 5.2. 新和名の提唱に際しては,「新称」または「新和名」などの言葉を用いて新和名であることを明示すべきである。また語源の説明や,語源を示すための漢字表記(語源によっては複数併記しても良い)を伴うことが望ましい。
  • 5.3. 種以外の分類群または学名に対して和名を提唱する場合,階級を明記するきである。
  • 5.4. 学名に対して新和名を提唱する場合,対応する学名を,学名の著者名と共に引用するべきである。ただし科より上位の学名で,学名の著者が明らかでない場合にはその限りではない。
  • 5.5. 分類群に対して新和名を提唱する場合,対応する分類群を特定するために十分な情報(記載文など)を与えるか,引用するべきである。特に,基準となる標本・培養株・DNA 情報などの引用を伴うことが望ましい。
  • 5.6. 種より下位の分類群または学名に和名を与える際には,種の和名の引用または提唱を伴うべきである。
  • 5.7. 日本に分布することが知られていない分類群またはその学名に対して和名を提唱する場合には,和名を提唱する理由を示すことが望ましい。
  • 6. 和名の使用
  • 6.1. 命名法上のタイプを維持したまま学名が変更された場合(属・種などの組換えや後続同名に対する新名の提唱など)でも,和名は変更せずに使用し続けることができる。
  • 注 10. そのことによって混乱が生じる場合には,改称を提案することもできる。
  • 6.2. 同じ分類群または学名に対して複数の和名が提唱されている場合(同物異名)や,異なる分類群または学名に対して同じ和名が提唱されている場合(異物同名),混乱が生じない限りにおいて,確立した用法がある場合にはそれに従うべきであり,確立した用法がない場合には先取権を尊重するべきである。
  • 例 17. 岡村 (1902) では Galaxaura rugosa (J. Ellis et Solander) Lamouroux に対してコフサガラガラの和名をあてているが,この和名は現在用いられておらず,田中 (1935) によるナガガラガラの和名(現在 G. rugosa の異名とされる G. elongata J. Agardh に対して命名)が用いられている(吉田ら 2015 など)。現在は,確立した用法にならってナガガラガラを用いるべきである。
引用文献

Allewaert, C. C., Vanormelingen, P., Pröschold, T. et al. 2015. Species diversity in European Haematococcus pluvialis (Chlorophyceae, Volvocales). Phycologia 54: 583–598.

北山太樹 2015.海藻標本採集者列伝 (16) 伊谷以知二郎 (1864–1937).海洋と生物 37: 384–385.

岡村金太郎 1902.日本藻類名彙.敬業社.東京.

瀬川宗吉・太田国光 1951.博多湾の海藻についての二三知見.九州大学農学部学芸雑誌 13: 282–285.

田中剛 1935.日本産ガラガラ属の分類学的研究.北海道帝国大学理学部海藻研究所報告 4: 17–47.

吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃. 東京.

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引用文献

半田信司 2017.スミレモの和名.海洋と生物 39: 235–238.

岩国市立ミクロ生物館(監修)2011.日本の海産プランクトン図鑑.共立出版.東京.

北山太樹 2017a.生物和名の問題 ―序説―.海洋と生物 39: 211–213.

北山太樹 2017b.海藻和名の問題.海洋と生物 39: 222–228.

真山茂樹 2017.珪藻の和名.海洋と生物 39: 214–218.

仲田崇志 2017.藻類学における和名の発表と使用を推進するために.海洋と生物 39: 239–242.

日本植物分類学会国際命名規約邦訳委員会(訳・編)2014.国際藻類・菌類・植物命名規約(メルボルン規約)2012 日本語版.北隆館.東京.

新山優子 2017.淡水産藍藻の和名.海洋と生物 39: 219–221.

坂山英俊 2017.シャジクモ類の和名について.海洋と生物 39: 229–234.

瀬能宏 2002.標準和名の安定化に向けて.青木淳一・奥谷喬司・松浦啓一(編)虫の名,貝の名,魚の名:和名にまつわる話題.pp. 192–225.東海大学出版会.東京.

鈴木雅大 2015.ワークショップ I「藻類の和名について考える」参加記.藻類 63: 108.

吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃.東京.

吉田忠生・鈴木雅大・吉永一男 2015.日本産海藻目録(2015 年改訂版).藻類 63: 129–189.


(日本藻類学会 藻類和名ワーキンググループ)

  
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